なぜ男は料理でいつも煮込みたがるのか?
オヤジが休みの日に作っていたカレーの記憶
なぜ料理は「カレー」だったのか
そもそも僕はカレーという料理そのものには反抗心を持っていた。白状すると、その他大勢の人たちと違ってカレーで心ときめいたことがないのだ。でもカレーは給食の人気者で、みんなが競っておかわりをする。「カレー」と聞くだけで目を輝かせる。そんな「カレー=みんな大好き」という空気に僕は納得がいっていなかった。
子どもの頃の僕にとってカレーは好きでもなければ嫌いでもない。「あれば食べる」もの。ただそれだけ。第一「カレー味」はずるいのだ。どんな具材だろうと全てカレー味に染めていく。そんな不条理さを感じ「俺はお前を認めない!」と独りごちていたほどだ。カレーという絶対的強者に対する小さな反抗だった。
そんな小さな反抗心を振るう僕でも父親の作るカレーは何となく好きだった。あの薄い黄色のルゥも、スープカレーの様なシャバシャバ感も、シンプルな具材も、後からじわーっとくるあのカレー粉の辛さもどこかで自分に自然と馴染んできた。子どもの頃ほどカレーに対して反抗心を持たなくなった今でも、どんなカレーが一番好きか聞かれたらあの時の父親のカレーをあげるだろう。
そう言えば、父親はなぜ「カレー」を作っていたのか。長年疑問だったのだが、先日母親と何気ない会話をした際にはっと気づいた。
「そういえば、好きな食べ物って何?」
「んーカレーかな」
そう母親が好きな料理だったのだ。口には出さないが父親はたまに作る料理で母親を喜ばせたいと思っていたのかも。ひょっとしたらまだ僕が生まれる前、ふたりの間に「カレー」という料理に何か特別な思い出があったのかもしれない。なんて想像をして、思わずほっこりしてしまったのだ。
次回、そんな思い出のカレーを作ります! ちゃんと再現できるかな?
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